いや、説明とか苦手です
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 相対的な距離が一定でない道や、 相対的な時間が一定でない道や、 相対的な速度が一定でない道は、 言うまでもなく狂っているのですが、 狂っているのが、自分なのか、自分以外なのかは、自分にだけは解りません。 それで、他人と関わることが重要になってくるのですが、 その手段のひとつである言葉っつーのは非常に厄介で、 ぜんぜん伝わらないくせに、余分な意味が多分に混じります。 まあ、解釈を他人に委ねた段階で、没交渉なのですね。本質的には。 本当に言いたいことの上っ面しか残りません。 世のなかには、はっきりしないくせに確たるスタンダードがあり、 そいつから逸脱すると客観的には狂っているということにされ、 そうなると社会生活が困難になるので、 逸脱しないように、 言葉を制限し、 行動を制限し、 思考を制限し、 仮面を被って、上っ面の会話でもっともらしく頷いてみたりしているのですが、 まあ、滑稽ですよね。 でも、人間ですよね。 どうしようもない感じが、特に。 関係が個人で完結しないので、意識も個人のものではなくなりました。 ひとは、ひとりではなくなりました。 でも、孤独は増した気がします。 ひとりなら、自分だけを理解すれば良かった。 ひとりじゃないから、自分以外をも理解しなくてはならなくなった。 でも、それは無理で。少なくとも現在は。思考を共有できないので。 (まあ、ネットワークの概念に可能性を感じますが) ひとりよりも、理解し合えないふたりのほうが、より孤独です。 ふたりよりも、たくさんのほうが、より孤独です。意識が拡散するので。たくさんだけに。 仮に、意識も思考も共有できたとして、 (まあ、某人類補完計画ですけれど、それは) それは結局は、ひとりなので、孤独からは逃れられる気がしません。 話が逸れました。 まあ、狂った道がたくさんあるわけですよ。人生には。人生を道に喩えると。 狂った、といっても主観的に、僕にはそう映ったということですが、 これに関しては説明できるはずもないので、各々、自分にとっての狂った道を想像してください。 想像しましたか? ありがとうございます。 では、次に、狂っていない道を想像してください。 想像できましたか? 即座に出来た人は頭の回転が良いですね。出来なかった人は普通です。 狂っている状態を想像するように誘導していたので、 そうでない状態は盲点状態ですから。ちょっとしたミスディレクションです。 え?いや、べつにふざけてませんよ。マジですよ。この場合、マジでふざけていれば矛盾しませんが。 じゃあ、もう一度、狂っていない道を想像してください。 あなたにとっての、まともな道を。 普通な道を。 想像しましたか? では、訊きます。 その道は、どこまで続くんですか?あなたの道は、どこまで続くんですか? まあ、ひとつ言えるのは、 道が唐突に途切れるのも、延々と続くのも、それはそれで狂っているということです。 さらに言えば、 まともでも、まとも過ぎれば、やはりそれはそれで狂っています。 まあ、これは何かで読んだのですけど。上も下も。 狂っている、と証明することは何かと比較すれば良いので簡単ですが、 逆に、狂っていないことを証明するのは、比較対象が存在しないので困難です。 ワンオブゼムの証明は容易であるが、オンリーワンの証明は困難である。 これは、俗に悪魔の証明といわれる思考トリックです。 <ない>ものは証明できない。曖昧なものも。 まあ、常識とか普通は、世のなかという密室のなかに住む悪魔だなー、と。 同じく、孤独や感情も、思考という密室のなかに住む悪魔で、 ぶっちゃけ、思考も大脳皮質という密室のなかに住む悪魔。 ちなみに、悪魔とか神とか、 そういう宗教系の云々は人間が責任逃れをする際の常套手段ですね。 ”よくわかんねーもんを、よくわかんねーもんに押し付けて、わかった気になっているだけ”です。 すなわち、脳に悪魔がいるということは、自分自身が悪魔であることに他ならず、 そうは言っても、自分自身が、自分自身のなかに住む悪魔だったりして支離滅裂です。 まあ、悪魔という存在自体、人間の作ったものですし、 悪魔の正体は、”最初の誰か”が投影された人間か、自分です。神もね。 信仰の目的は現実逃避なんですから、 対象は偶像であれば何でも構わないわけです。 実体がなければ。 だから、なんか萌え系とか、まんがキャラとかのでかい宗派があっても、 本質は変わらないし、信仰は揺るがないはずなんですよ。 でも、なんつーか体面に拘っているでしょう。キリストとかブッダとかアフラマズダーとか。 そのへんがなあ、俗っぽいっつーか、むかつく部分です。 そういう半端な奴が借り物の言葉で話しかけてきたら普通に嫌悪します。 その点、日本の九十九神信仰は良いですね。割り箸とかに拝んだりして。 そういう気合入ってる奴が自分の言葉で教えを説いてきたら、普通に訊きます。 自分と異なる思考は興味深いですからね。まあ、でも宗教はやばいですけど。 風俗とかホストと同じですから、弱い部分に付け込むーーー なんつーのかなあ、屑っぽいところが。 まあ、屑にも色々いますけどね。僕とか。 良い屑もいれば、光ってる屑もいます。優しい屑もいます。 でも、屑は屑ですから。 自覚しないのは罪ですね。まあ、屑は生きるのが罰ですから、チャラですけれど。あーあ・・・。 あれー、おかしいなー。 なんだか、よくわからないことを書いていますね。我ながら。 逸れた話のほうが拡がっちゃっていますね。毎度のことながら。 当初は”純粋性”について書くつもりだったのですが、まあ、かまわないか。 結論だけ書いてしまいます。 純粋は、純度が高さに比例して危険さを増します。 コントロールできないものってのは、やばい代物だと相場が決まっています。 取り扱いには、ご用心を。 PR ![]() ![]() |
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男性
誕生日:
1986/12/14
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古い映画のパンフレット収集
自己紹介:
宮崎在住の22歳。
趣味は曲学阿世。 座右の銘は酔生夢死。 最近、 日記の意義を見失い、迷走中。 眠れない夜に更新。 優しくなりたい。 ドムドムハンバーガーが大好き。
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